植物園の意義

観光地ではなく、学術的研究施設

三陽メディアフラワーミュージアムについて話をしたが、そもそもこうした植物園は日本においても全国各地に様々な植物園が存在している。千葉市が管理者として最初期に誕生したこの三陽メディアフラワーミュージアムにしてもだが、各地ではそれぞれの法人が公開しているもの、また大学内で植物学を研究しているところで研究用の資料として栽培しているものといったように、植物園といっても単純に見学できる場所ばかりではないということだ。そして忘れてはいけない事が、この植物園の存在意義は決して『ビジネス』という目的で行われているのではなく、『学術的』な研究を行うための施設であるということを覚えておく必要がある、この部分を履き違えておくと大分植物園における意義が根底から覆されることになるのは明白だからだ。それだけははっきりとさせておこう。

一般に公開して入場料として徴収されるのも、そのお金を元にして施設の運営費などに当て、さらに国から支給される資金で様々な研究家庭を行う事が、植物園では義務付けられている。そうではない、ただの観賞用としてでは単純に商売をするためだけに利用しているので、運用するだけで莫大な費用を要することになる。それだけの資産を持っているならまだいいが、商売という言葉に関わらず善意でそうしたことをしている人は、残念ながら少ないだろう。それはそれで仕方のないこととして話を進めていくとして、こうしたやり取りの中においていえる事は研究材料としての植物を調査する学者間と経営する運営側との駆け引きなども、目に見えないところで行われている事は言うまでもない。シビアなところを垣間見ることになるが仕方の無いことだろう。

ただ植物を愛でるだけの場所としては『庭園』という風に呼称され、緑で満たされた人間と自然が共存している環境を形成している模様が描かれてる。植物園でもそうした部分は見受けられるが、大半は学問の資料研究の材料として用いられることになるので、扱い方は若干異なってくる。ここでは植物園というものを、もう少し学問的な視点で分析してみるとしよう。

日本では観光施設、海外では学術施設

植物園の本来備え持っている性質としては、

  • 様々な植物を生きたまま栽培保存する
  • 生きている植物を研究し、押し葉標本といった標本類を蓄積保存する

この2点を目的とした施設として存在している。日本ではどうしてもこうした性質を持っているといわれても正直実感がないのは無理もない、この国においては完全に日常生活において普段中々触れる事が出来ない植物に触れるための憩いの場として利用されている、この印象が拭いきれないからだ。もちろん悪いことではないのだが、植物園としての本懐を鑑みた場合では意図から外れているといえる。見て楽しむ事はもちろん大事かもしれないが、植物園の目的としては生きたまま栽培して研究することはもちろん、そうした植物が将来的に絶滅の可能性を秘めている場合には、遺伝資源の収集を行うための重要な拠点として扱われていなければならない。これは由々しい問題だからだ、例としてなら絶滅危惧種として紹介されている野生動物を考えてくれればいいだろう。植物の世界でもそうしたかつて当然のように咲き誇っていた植物が、その存在が完全に人間に忘れ去られてしまったということも事実としてあるからだ。このため、特にイギリスを始めとした各国では植物の遺伝子情報を国家単位で管理する事も当然の事として行なわれていた。

国として行なっていたということはもちろん、その遺伝子情報は商業としての価値として考えれば破格の値段になる。信じられない話だが、こうした植物の、特に失われてしまった絶滅種の遺伝子情報を盗まれるという事件が頻発するなど、植物園として絶対防衛しなければならない戦いが繰り広げられているのだ。それほどの価値があるからこそ躍起になって獲得する事を考える、商売に出来れば莫大な利益が生まれるのは夢ではないとすれば、当然奪取しようとする人が出てもおかしくはない。

中々ハードなドラマを繰り広げている植物業界だが、その利用方法については単純に貴重であることはもちろん、栽培された後に植物内部で生成される成分が貴重だという、そんな場合もある。いわゆる薬草として非常に効果があることを指している、人間が病気になって使用する薬の成分にはこうした植物性のものが用いられているので、親しみは持てる。そういう意味で特にこの世界で最もそうした植物の遺伝資源が保管されているものの中で、最も歴史的に古いところとしてエジプトはアレクサンドリアに存在していた『アレクサンドリア図書館』が、歴史上で古いといわれている。この図書館で保管・管理されていたものは薬草としての利用価値はもちろん、ハーブオイルといったものなど治療を始めとしたものに数多く利用されていた。

日本においての植物園とは

植物園として運営していた施設は世界レベルで考えれば数知れず、その中には修道院が薬草栽培を積極的に行っていることもあり、植物に対するという意味では日本は世界との歴史を比較してもやはり蔑ろにしていた感は否めない。それは現代になっても気質は残っているのか、植物園の本来有している役割から逸脱するように観光地として提供しているところが多い。中にはもちろん学術的な研究を兼ねた保存施設としての特色を持っている施設もあることにはあるが、数は知れているという。一般に公開されて市民の心を潤すという意味では役立って入るが、将来的に人間が生きていくために必要な研究を行うだけの環境が整備されているわけではない。

そう考えると、植物学について研究している機関が少ないのも話としても筋は通っているといえる。日本が植物学という点では世界よりも後進的なのは明白であり、また植物園が本来は遺伝子源を確保するための国家機関として取り扱っている世界という分類には到底当てはまらない上、植物園など見てもつまらない場所などとその価値に気付かない人が少なくない状況を作り出している点でも、よろしくないところだ。国によっては国家戦略の要として扱っているところもある中で、日本が植物園と呼称している場所で繰り広げられている泥臭いような経営方針を巡っての争いはどうにかして欲しいものだ。

植物園の活動がもたらす意義とは

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